
| 〜箱根山、天下の険で、運開き〜 |
[神 様] 箱根大神=瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)[お祭り日] 7月31日 湖水祭 8月 1日 例大祭
[場 所] 箱根町元箱根80−1
[交 通] JR「小田原」駅または、小田急線「箱根湯本」駅から箱根町行き、又は元箱根行きバスに乗り、元箱根下車徒歩10分
[TEL] 0460(83)7123
[FAX] 0460(83)6669
[H P] http://hakonejinja.or.jp
[いわれ] 箱根神社は、古来、関東総鎮守箱根大権現と尊崇されてきた名社で、交通安全・心願成就・開運厄除に御神徳の高い運開きの神様として信仰されています。当社は、人皇第五代孝昭天皇の御代(2400有余年前)聖占上人が箱根山の駒ケ岳より、同主峰の神山を神体山としてお祀りされて以来、関東における山岳信仰の一大霊場となりました。奈良朝の初期、天平宝字元年(757年前)万巻上人は、御神託により現在の地に里宮を建て、箱根三所権現と称え奉り、仏教とりわけ修験道と習合しました。平安朝初期に箱根路が開通しますと、往来の旅人は当神社に道中安全を祈りました。
鎌倉期、源頼朝は深く当神社を信仰し、二所詣(当神社と伊豆山権現参詣)の風儀を生み執権北条氏や戦国武将の徳川家康等、武家による崇敬の篤いお社として栄えました。近世、官道としての東海道が整備され箱根宿や関所が設けられますと、東西交通の要(交通安全祈願所)として当神社の崇敬は益々盛んになり、庶民信仰の聖地へと変貌しました。こうして天下の険、箱根山を駕籠で往来する時代から、やがて自動車に変わる近代日本へと移行しますが、その明治の初年には神仏分離により、関東総鎮守箱根大権現は、箱根神社と改称されました。
爾来、明治6年明治天皇・昭憲皇太后両陛下の御参拝をはじめ、大正・昭和の現代に至るまで各皇族方の参拝は相次いで行われました。最近では、昭和55年、昭和天皇・皇后両陛下の御参拝につづいて翌56年、皇太子浩宮殿下も御参拝になりました。また、民間も政財界人の参拝や年間2千万人を越える内外の観光客を迎えて、御社頭は益々殷賑を加えているの箱根大神の御神威によるものであります。
[まつり] 1月(歳旦祭・元始祭・成人祭)
2月(節分祭…当社の鬼やらいは、古来行われてきた追儺の式に、坂田の金時や山姥が登場する独自のもので、更に続く湖上の鬼追いでは、鬼が水上スキーで逃げ廻ります。・紀元祭・祈年祭)3月(祖霊祭)4月(昭和祭)5月(御衣祭・曽我神社例祭…五郎・十郎の傘焼まつり、向いの武道場で居合道全国選抜八段戦を開催)6月(九頭龍神社例祭・夏越大祓)7月…31日芦ノ湖の守護神九頭龍大神に三升三合三勺の赤飯をお供えする特殊神事の湖水祭、翌8月1日の例大祭を中心として、一週間に亘り芦ノ湖を巡り行く箱根の夏祭りは「芦ノ湖夏まつりウィーク」として、連夜の花火大会を始め様々な行事、そして山と湖の祭りが繰広げられる。10月(神嘗祭・奉祝祭・元宮例祭・御神火祭…霊山箱根山の主峰神山を神籬(神体山)として正面に拝し、駒ケ岳を磐境(祭場)に、霊峰富士を左前方間近に仰ぎ、古代の山岳信仰そのままの姿で斎行される。・世界平和祈願祭・万巻上人祥月命日祭・全山御神火巡行祭)11月(明治祭・御衣祭・七五三祝祭・新嘗祭)12月(天長祭・師走大祓・除夜祭) 毎月行われる祭典…1日月首祭(朝餉会)・元宮月首祭 13日九頭龍神社本宮月次祭 15日月次祭・九頭龍神社新宮月次祭 24日万巻上人奥津城月次祭・元宮月次祭
[名 所] 樹齢800年を越す杉並木が続く参道中央に位置する「矢立の杉」、御社殿右の「安産杉」裏手の「ヒメシャラ純林(県指定天然記念物)」「石楠花園」、宝物殿には、国指定重要文化財の「万巻上人坐像」「箱根権現縁起絵巻」曽我兄弟縁の「赤木柄短刀」「鉄湯釜・浴堂釜」を始め、「大石内蔵助金銀請払帳」芦ノ湖から静岡県に流れる「箱根用水掘削立願状」等が展示されています。