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| [いわれ] |
創建年月日は不詳である。新編武蔵風土記稿には 「社地は小山の上にて北に向える社なり、大さ二 間四方、神体は木像にて長さ八寸許、束帯して座 せる貌なり」し記して、「花園院ノ御守文保二年 ノ鎮座ナリ」との社伝を載せ、続いて「貞享元年、 武州久良岐郡岩間村」と記した棟礼があった事を 伝えている。 |
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| [沿 革] |
今の社殿は貞享元年の建立で、維新前は安楽寺持 であった。明治六年村社に列せられ昭和三年十一 月九日神饌幣帛料供進社に指定された。社殿建築 様式は入母屋造り。本殿は桁行一間梁間九尺コン クリート流れ造り。幣殿は桁行一間梁間四間亜鉛 葺。拝殿は桁行三間梁間二間入母屋造り銅葺。付 属建物には石鳥居明神形一基、手洗鉢一個、獅子 石像対及び神楽殿桁行三間梁間三間亜鉛葺がある。 |
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| [ご案内] |
【菊水観音】 武蔵風土記稿には「菊水観音出現跡、鳥居に向ひ て右の方なり、楠一株ありてその根の際に少しく 窪きとごろあり、この底に清水をたたへきはめて 清冷なり、病者常にこの水を服し平癒し、或いは 眼病を患ふるものこの水にてあらふ時はしるしあ りと云ふ。」と伝える。 |
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