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| 〜小田原総鎮守〜 | ||||||||||||||||||
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近衛天皇久安年間(1145〜50)の勧請と伝わるも 創祀の時期は不明。後醍醐天皇の頃、当所に真 鶴が棲み、故に鶴の森明神と称していたともい われ、また後奈良天皇天文年間(1532〜54)に山王 原村海中より金佛の十一面観音が松原に出現。 その託宣により当社へ祀ったことから神号を松原 大明神と称したという。その後北条氏を始め、 霊鳥として広く信仰され、神様の広大無辺なる 稲葉氏・大久保氏と歴代の城主が崇敬され社費は 総て藩財を以って当てられ、代々小田原の宿の総 鎮守と称した。明治二年神仏分離の際、松原神社 と改称。明治六年県社に列せられ、明治四十年神饌 幣帛供進神社に指定される。 |
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5月3日の例祭後、4・5日には神輿の巡行が行わ れる。「松原神社明神会」を中心に氏子町内の若者 達が2日間町内を渡御し、5日の夜宮入となる。 参道入口にて木遣を掛け、社殿に向かい勢い良く 駆け出し突っ込み入れるという担ぎ方が特徴で、 宮神輿の宮入後、氏子26ヶ町の町内神輿が次々 と宮入を行う。この時、3日間の例祭のフィナーレ として最大の賑わいを見せ盛り上がる。 |
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