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    子供たちに心のふるさとを
    月読神社 宮司 池田 貞近
    (昭和6年生まれ)

     昨年の7月に川崎市麻生区の月読神社をはじめ11社の宮司を拝命し、宮司として初めての新年を迎へました。 今年は私の未年であり自分自身を見つめるに相応しい年となりました。
     顧みるに昭和26年鶴岡八幡宮にて神職養成講習会を修了したのが神職の第一歩でした。
    神社の氏子区域のすべての住民に一軒毎に氏神様と伊勢の皇大神宮のお札を授与配布の奉仕を始めました。
     戦後の神社神道に関する種々の考へ方に遭遇したり戦前の氏神様の思い出話も聞く事が出来ました。
     氏子や地域の人々の心の中に鎮守の柱を見る事が出来ました。
     子供達の心の故郷である氏神様が人生の大きな精神的支へになる事の大切さを知りました。年毎の祭礼はもちろん種々の神事、行事を地域の様々な団体、例へば町内 会、婦人会、子供会、青年団等々と一致協力して行なふ事が必要なのです。神社の社会性地域性による連帯感や大人達の和といふ姿を見せる事は、次代を担ふ子達にどれだけ大きな影響を与へる事でせうか。 それは氏神様の御神徳による人間としての心の支へを得る事なのです。心の故郷がある人は豊かな人生を送れます。
     私は宮司といふ立場なので、率先垂範し神社の維持発展に積極的に努力し、其の後姿を見せる事で氏子崇敬者の人達と一緒に良い未年にしたいと願ってゐます。

    今年の抱負
    報徳二宮神社 宮司 草山 昭
    (昭和18年生まれ)

    あけましておめでたうございます。  私も還暦をむかへる平成15年。嬉しいことに御祭神二宮尊徳先生御教を学ぶ
    「国際二宮尊徳思想学会」
    を正式に発足させる良き年です。
     これは、21世紀を東洋思想(神道・仏教・儒教の融合)で闘争原理ではない一円融合の世界を広めることを目的としてゐます。
    昨年6月に、中国北京大学において2日間にわたって開催された「二宮尊徳思想国際シンポジューム」(当社の外郭団体である財団法人報徳福運社・報徳博物館と中華人民共和国・北京大学日本文化研究所との共催)の締めくくりに、次回は1年後の平成16 年に日本で開催するといふ決議がなされ、中国・アメリカ・カナダ・イギリス・韓国等多くの国々 の研究者を招請するには是非とも正式な学会の設立が望ましいとの判断によるものです。 従って今年早々には発起人の間で十分な検討を加へ、しっかりとした土台の上に学会を発足させ、 次回シンポジュームに向けて諸事万端怠りなく準備を進めて行く時期にあります。それ故今年はなお 一層身を引き締めて御祭神の御遺徳の顕彰と教化宣布に邁進する所存です。

    自分なりに
    寒川神社 権禰宜 石腰 亮
    (昭和30年生まれ)

    新年明けましておめでたうございます。
     私は、本年の干支未年生まれで、誕生日を迎へると満48歳になります。 一般的には一人前として見られる年齢でせうが、神職としてはまだまだ至らずといふところです。
     茅ヶ崎で生まれ育ち、現在は寒川神社に奉仕させていただき25年が過ぎやうとしてゐます。
     この間、寒川神社では境内の整備事業が毎年のやうに進められてきました。その最大は平成9 年に竣功した御社殿御造営の大事業であります。私自身、職員の一人としてこの御造営の 慶事に恵まれ、本殿遷座の御奉仕まで叶ひましたことは、最上の喜びであり生涯忘れるこ とはできません。
     これからも、寒川神社では鎮守の杜に相応しい環境整備が続けられることでせう
    。  中で、私自身回目の年男を迎へ、改めて一年一年の月日の経つ速さを感じてをります。 この大きな節目の一年が、私にとっても着実な歩みの一歩となるやう、自分なりにを心がけ、 常に新鮮な気持ちで日々の御奉仕に励みたいと思ひます。

    「癸未に思ふこと」
    鶴岡八幡宮権禰宜 角井 司
    (昭和42年生まれ)

     昨年は特に「北朝鮮拉致問題からアザラシのタマちゃん」等、様々なことが起り、 ニュースに事欠かない一年であった。毎日のやうにテレビのニュース番組では、 深刻な問題から微笑ましい光景へと画面は次々と変はり、アナウンサーも凶悪犯罪を語った かと思へば、次の瞬間全く何事も無かったかのやうに違った話題に移行してゆく。 本当に大切なものは何か、何を伝へるべきなのかが混沌としてゐるのではないだらうか。
     戦後60年が近づき、教育についても規律や道徳といった重要な要素が忘れ去られてゐる 。自由や主体性を重んずるのも大切だが、物事の本質を見極める能力を身につけるためには、 近年否定されてゐる「つめこみ」も必要なことで、最初から「ゆとり」を与へてゐては育つも のも育たない。どんな分野にあっても身につけるべき大切な基本といふものがある。
     今、時代は脱中心化し、善悪の判断の基軸が失はれつつある。 「価値観やライフスタイルの多様化」といふ一言で片づけられてゐる様々なことがある。 これは視点を変へれば、「何が起きてもおかしくない社会」を肯定することにつながる。 価値観等の多様化を真に生かせるのは、根底にある本質があってこそである。
     神社神道は長い時代を経て日本人の生活文化に根付き、人々と共に培はれた「本質」で普遍なものである。 この「本質」の下、混乱した今日に私自身神職としていったい何が出来るのか、何をしなければならないのか、 正しい答へを出さなければならないと思ふ。

    区 切 り の 年
    五社神社禰宜 栗原 拓児
    (昭和42年生まれ)

     今年で私も36才。未年も3度目を迎へます。
     今振り返ると、自分は何がしたいのか、何が出来るのかと、常に自問自答をくり返してきましたが、 いつも答へはでません。しかし、妻と三人の子供に恵まれた今、やっと何をやるのかが見えてきた と思ひます。
     思ひ返せば反省すべき事ばかりで、悔しさと、前進しなければと言ふ焦りばかりが心にありました。
     毎年そのくり返しで、先走った行動や足元をすくはれるなど、無駄な時間を過ごしてきました。
    今までは、何気なく過ごしてしまった一年を、三度といふ区切りの年を迎へるにあたり、これからは、 発展的な目標を掲げなければと思ひました。  そして、今まで以上に、より一層の神明奉仕を努める事も、目標の中の大事な一つである事は言 ふまでもありません。
     私の様な人間でも神様との仲執り持ちとして、御奉仕出来る事を喜ばしく思ふと共に神職として 、氏子崇敬者に何が出来るのかと常に考へて居られる様に心掛けて過ごしたいと思ひます。

    夢を見る二本足の野良羊
    若宮八幡宮権禰宜 中村 博行
    (昭和54年生まれ)

     皆様、新年あけましておめでたうございます。信長の時代には、人生50年といはれてゐ ましたがたうたうその折り返しの手前までやって来てしまひました。
    本年は未年といふ事で、私が思ひ浮かびます事は牧場でのんびりと過ごす羊群の情景です。 羊飼に草がたくさん生えてゐる場所に連れて行ってもらひ、昼寝をして夕暮れには犬に追はれて 家に帰る。
     いつもふかふかの毛皮を纏ひ、冬も暖かく、暑い夏の前には毛皮を刈ってもらへる、 そんな生活です。私達の生活は今、まさに羊のやうに便利で豊かです。食べ物が欲しい時はコンビニ 、衣類はジーンズメイト、仮眠の取れる喫茶店と生活雑貨から衣食住全てにわたって24時間 いつでも手に入れる事ができます。夜学に通ふ身にはなくてはならない存在となってしまひました。
     野生の羊は自分で季節を感じ、自分で脱皮をすることができますが、牧場の羊は自分で脱皮で きません。毛を刈らずにゐると、暑さで死んでしまふさうです。
     私もきっと、社会といふ羊の群れから離れては生きては行かれないと思ひます。ただ、心の中身 はいつも暑苦しい心の皮を脱いでみたいと思はずにはいられないのです。ああ、大学を出たら、 少し旅をしたい、父の行きたがってゐた印度へ・・・。
       

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