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    社殿全景

     当社は、横須賀市久里浜に鎮座し、御祭神は菅原道眞公で萬治3年(1660)に創建されました。創祀者の砂村新左衛門(1601〜1667)は若年の頃より道眞公を深く尊崇した人です。新田開発の開拓事業者として、横浜の吉田新田を拓いた吉田勘兵衛氏の協力者であり、江戸にても活躍し、今の江東区砂村町も砂村氏によって開発された土地で、その町名は氏に由来してゐます。
     当地久里浜においても砂村氏は久里浜海岸にそそぐ平作川流域を見立て、ここに三浦半島最大の内川新田(百八町歩)を8年間の難工事の末に完成させました。この時、事業を始めるに当り、神明の加護を願ひ先づもって天神様を祀り、新田(新村)開発の鎮護の神社として奉斎されたのが当社の創祀です。
     私は昭和44年に國學院大學を卒業後、鶴岡八幡宮に奉職致しました。昭和49年頃に八幡宮の兼務社である荏柄天神社に職員を置くことになり、実家の神社と御祭神が同じこともあり後学の為にと、私が初めて本宮より同社に出向させていただきました。 御本殿
     氏子総代、役員と閑散とした社頭をどう振興すべきか方策を語り合ったことも懐かしく思ひ出されます。
     昭和52年に父の跡を継ぐ為に八幡宮を退職させていただき、同年4月に天神社第11代宮司に就任致しました。以来、今年平成14年で神職として33年目の年を迎へます。
     昨年10月に当社は、本殿造営が恙無く完了致しました。此の度このことについて御造営事業の一端を披瀝する機会を与へて下さいましたので、少しく所感を述べさせていただきます。
     この事業の正式名称は、「菅原道眞公1100年式年大祭・砂村新左衛門翁生誕400年記念事業」として完結致しましたが、事業の完遂に至るまで13年を要しました。
     平成元年に強風により本殿屋根瓦が崩落したことが発端となりました。その際、部分的に応急修理を致しましたが、その後は神様に誠に恐れ多いことと思ひつつも、御社殿全般を見据ゑての抜本的な対策については、宮司、氏子総代、町内役員の意見の一致を見ずに歳月が過ぎて行きました。
     その頃の当社は、いはゆる昔から町内会によって運営されてゐる神社でした。町内会は1町内のみで世帯数は1200世帯を有する市内でも比較的大きな団体です。氏子総代は町内会役員10名の内2名が総代となることが決められてゐましたが、近年は町内会運営の中で神社と氏子の位置付けがあれこれ取り沙汰されるやうになりました。そこで御造営の寄付の募金活動等を鑑みて、町内会と神社を円満に分離し氏子崇敬者中心の会を結成することになり、平成5年に久里浜天神社氏子会が設立されました。
     町内会、氏子会は相互に友好的な活動をすることを取り決め、人事についても町内会長は氏子副会長に就任し、氏子会長は町内会副会長にといふやうに、他の役員についても相互に交流できる人事の構成になりました。
     このやうに氏子会が結成され、この際広く天神様を崇敬される方々にも会員になって頂きたく、今までの氏子区域にとらはれることのないやうにと努めました。続いて御造営委員会の設立となりましたが、この時の氏子会員の大方の人が此の度の事業を力強く支へて下さいました。
     平成9年に募財業務に入りましたが、御造営委員会が尽力され、募金を一括払ひと5年60回払ひの月掛けを用意し、町内の銀行に協力していただきました。その結果最終的には、353件御奉賛者により1億7千万円余の予想を上まはる奉賛金をいただき、御造営準備金と合せ約2億円の募財が達成されました。その他社頭にても3年間に亘り銅板の奉納をお願ひ致しました。
     設計監理は、平成元年の災害の時に今後の社殿の構想等、私が個人的にご指導いただきました御縁により、日本建築工芸設計事務所にお願ひ致すこととなりました。御社殿の姿、規模については、度重なる検討を経て私の意向を充分に取り入れて下さった設計図が完成し、施工業者選定の運びとなり、厳正で息詰まる見積もり合せによる入札には4社が参加され、その結果、山形県酒田市の潟cgタテに決まりました。この会社もやはり私が平成元年の時、個人的に社殿全体の老朽化の調査をしていただゐた会社でした。
     このことは、神霊が小職に此の度の御縁の大切さをお示し下され、「造営のこと、一所懸命に励めよ」との御神徳を賜はったものとかたじけなく感じ入り、身の引き締まる思ひでした。
     その後18ケ月に亘り経験豊富な設計事務所の練達した指導により、設計者、施工者、宮司と三者の息が合ひ、その都度困難を乗り越えました。東北の誠実で心の温かい大工さん等に依る、真剣で繊細且つ大胆で見事な仕事ぶりに、日々目を見張る思ひでした。真の職人さんにより、「気」の入った「入魂」の社殿を完成していただき心から感謝致してをります。 正面大鳥居

    今年、平成14年は菅原道眞公の1100式年大祭の年です。天神社、天満宮にとっては百年に一度の重儀に当ります。当社に於ても記念事業としての御本殿の御造営をもって伝統を更新し、天神様にお仕へすることが出来ました。又、誠に不思議なことに御社殿完成の年の昨年平成13年(2001)が、天神様の御加護のもとに、この町を葦原から開拓された私共にとって祖宗とも崇める砂村新左衛門翁の生誕400年に当りました。正に「敬神崇祖」そのものを顕現させていただき、後の世に残せる喜びに宮司氏子崇敬者共々感激してをります。
     今度の御造営事業では多くの方々のお力を頂戴致しました。お力を尽くして下さったお一人お一人が、祖先の智恵や美や徳を子孫に家の教へとして代々語り継がれ、日本人本然の活力と美しい心を養ふよすがになっていただきたいと願ふ次第です。    

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